2007年6月14日木曜日

リアルワールドとしてのWeb

1.はじめに

コミュニケーションの場としての発展や、GIS(地理情報サービス)や携帯電話がWebと接続されるなど日常生活を情報技術によって支援するための基盤整備が進んでいる。ここでは、現実世界とWebは別個のものではなく、融合し、互いに補完しあう関係が形成されている。ほんこうではこのような変化についての現状を報告し、今後進むべき方向性について議論する。

2.サイバースペースとリアルワールド

インターネット常時接続環境の整備、ユーザ数の増加、SNS,blogなどの出現によりリアルワールドにおけるコミュニティがのメンバがサイバースペースに進出するようになると、サイバースペースはリアルワールドを補完するもものとして機能し始めた。また、サイバースペース上のコミュニティがオフラインミーティング(オフ会)によってリアル化するなど両者の境界は曖昧になってきている。また技術面では接続時における時間情報や、デバイス付属のGPS機能によって取得された空間情報を、情報検索あるいはコミュニケーションに利用するといった新たな技術が生まれている。このように、Webのリアルワールド化は、大別すると個人を取り巻く社会関係をWebに対応させる取り組みと、その個人が物理的にどのような状態で存在しているかをWebにマッピングする取り組みの2方向で進められている。

3.実社会とWeb

実社会における人々の活動がWebに反映されるようになったことでWebから大規模な社会ネットワークを抽出することが可能になった。近年これを分析し、分析結果をもとにした情報推薦や、社会関係の推薦といった応用研究が数多く提案されている。ここでは、社会ネットワークに関連する研究を構築・抽出・分析・応用の4種類に分類してみる。

3.1 ネットワークの構築

ブログ間のリンク・トラックバック関係やSNSにおける友人関係等のデータはクローラー等によって容易に取得することができるため、社会ネットワーク分析の基礎データとして多く用いられている。

3.2 ネットワークの抽出

blog・SNSのデータは有用であるが、これらはWeb上に情報を発信している個人のみが対象であるため、実社会の社会構造を反映しているとはいえない。より詳細な社会ネットワークを得るには、情報源をWeb全体に拡張し、ここからネットワーク情報を抽出する必要がある。この研究にはメーリングリストやWebページのリンク関係から個人間のネットワークを抽出する手法を提案するもの[Adamic 03a]、あらかじめ人名のセットを用意し、検索エンジンを用いて任意の2名の人名が共起するWebページの数から関係の強さを判定し、ネットワークを構築するもの(Polyphonet[Matsuo 06])などがある。

3.3 ネットワークの分析

SNSに参加する人やそのネットワークの特性を調べたり、ネットワークで中心となっている人は誰なのかを推測するといったことが行われている。また個人の振る舞いとして電子掲示板での発言、応答を分析することで有力な発言者を特定する研究[松村 03]などもある。

3.4 ネットワークの応用

アクセス権限を誰にどの程度付与するかというアクセスコントロール問題に社会ネットワークの関係を使おうという手法や、ネットオークションにおける取引履歴から社会関係を構築し、相互評価のテキスト情報から有益な情報を取り出すSocial Summarization法[Hijikata 06]などの応用がある。

4. 実世界とWeb

情報技術による実世界の活動支援としてはモバイルコンピューティングやユビキタスパーベイシブコンピューティング(コンピュータを実世界中のあらゆるところに存在させようとする考え方)などの研究分野が存在する。これらは、個人が所持するデバイスや環境に設置されたセンサがネットワークで接続された状況におけるサービス基盤として注目されている。例えば携帯に付属したGPSによりユーザの位置情報を確認し、ユーザに適した情報を提示するといったコンテクストに応じた情報の配信が可能になる。また高度な支援を実現するために、取得された情報を集約して粒度の大きい情報を抽出する研究が進められている。

4.1 位置情報の利用

実世界情報の取得手段として最も普及が進んでいるのは、携帯電話に実装されたGPS機能である。上松らは、GPS機能をもつ携帯電話を利用して、blog記事や写真に位置情報を付加することで、地図上にこれらの情報をマッピングする場logを提案した。場logでは、位置情報を通知することで現在の位置に最も近いコンテンツを得るなどの検索手法も提供している。位置情報を利用したblogの集約サービスはGeoURLやはてなマップ などで実運用がなされている。現状ではすべての記事に位置情報が付加されていることは期待できないが、間瀬らの研究では、blog記事内に複数存在する地名を地図にマッピングし、それらの距離関係から記事が主題としている地域を推定する手法を提案している。

4.2 行動情報の利用

デバイスやセンサによって得られたコンテクスト情報は、ユーザ単位で時系列に集約することで、より抽象度の高い行動情報として利用することが可能である。沼らは、前述の場logならびに学会支援システムから各ユーザの行動履歴を取得し、これをもとにblog記事の下書きを自動生成するActionLogを提案している[Numa 06]。

ホンダでは、車載システムによって収集された走行情報及び所要時間から道路の渋滞状況を推定するインタナビ・フローティングカーシステムが提供されている。このシステムによって得られた交通情報はWebを通じて共有され、位置情報ビューアであるGoogle Earthで閲覧することが可能である。またさらにこういった流れを進めたものに、人間の活動のあらゆる局面を記録し、検索可能にするプロジェクトの代表例としてDARPAによるLifeLogやMicrosoftによるMyLifeBits がある。

4.3 社会関係の利用

携帯電話で写真撮影する際に、携帯電話に内蔵されたBluetooth通信を利用して周囲の人物のリストを自動的にアノテーションすることを可能としたシステム[Davis 05]などがある。(具体的には良くわからないが)

5. データ・アプリケーションの統合

これまで述べてきたように、実社会ないし実世界とWebを接続する試みは緒についたばかりである。今後は、個別の研究あるいはサービスを統合し、より高次の活動支援に向けた研究開発が進められることが期待される。

6. リアルワールドとしてのWeb

6.1 課題

  1. 個人情報の保護と社会ネットワーク分析による知見の獲得や利便性の提供を両立させることは難しい。
  2. 情報の信頼性をどう保証していくか
  3. 現実世界に存在する社会ネットワークと抽出可能な社会ネットワークとの間に存在する質的な差異。
  4. デバイスから得られる情報に含まれる誤差やノイズの処理

6.2 展望

リアルワールドとしてのWebにおいて、ページ単位の検索ではなく、知識の主体である個人単位の検索を実現することは目標の一つである。またサービスが構築することができたとしてもユーザがこれを積極的に利用するかどうかは別の問題であり、サービスデザインについて今後事例を積み重ねて検証を行っていく必要がある。今後は、3章における分類と同様に、分析による集合知の抽出だけでなく、参加者が意識的に集合知を構築するための手法(フォークソノミーなど)、得られた知識の再分析や応用に焦点が移るものと思われる。

参考 人工知能学会誌 21巻4号

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